Lucidity

 受験当日。私は一人、会場に向かった。
 手抜きなんてしない。出来る訳がない。今までの私は、他のみんなの目線を気にして萎縮していたけど、もう負けられない。
 どの科目の問題も、可能な限りキチンと回答した。面接でも、堂々と応じた。
 試験を終えた私は、一人、カフェに入った。私はカプチーノを注文した。
 真向かいに一人の女性客が座っている。彼女は電子書籍端末を手にしている。おそらく、芸能ゴシップ記事を読んでいるのだろう。華やかな金髪をまとめている白人女性だ。サングラスをかけているので、どのような目をしているのかは分からないが、隠されていない鼻や口元は端正だ。要するに、美人だ。
 人は美人と不美人の区別をつけるポイントとして「目」を挙げるが、私が思うに、むしろ鼻こそが最大のポイントだ。目は多少小さくても化粧法次第でごまかしが効くけど、鼻はそうはいかない。ましてや、顔のど真ん中という立地条件にあるのだ。
 その彼女のテーブルに一人の黒人女性がやって来た。どうやら途中でトイレに行っていたらしい。彼女は金髪美人の友人のようだ。
 私は彼女たちのおしゃべりに耳を澄ましていたが、二人はお互いを「ゴールド」「シルヴァー」と呼んでいた。どうやら、白人の方が「ゴールド」で、黒人の方が「シルヴァー」らしい。おそらく、彼女たちはこの辺の大学生なのだろう。

 合格発表の日。我が家に通知が来た。合格!
 私は肩の荷が下りた。私とミヨンママは入学手続きを済ませて、ショッピングモールに買い物に行った。
 今日はちょっとしたお祝いの日だ。我が家ではささやかなパーティが開かれた。ミナとブライアンも一緒だ。さらに、ヴィクターも来ていた。
「はい、これは合格祝い」
 ヴィクターは私にプレゼントをくれた。
「今日は君の合格祝いだけでなく、僕とブライアンの入社の前祝いでもあるからね」
 そう、ヴィクターとブライアンは邯鄲ドリームへの入社が正式に決まったのだ。
「ありがとう、ヴィック」
 箱の大きさや形からすると、中身はおそらく腕時計だろう。
 ヴィクターは、ある放送作家に弟子入りしているそうだ。それで、いくつかの企画を手がけているらしい。私はヴィクターに今のフォースタスについて訊く勇気がなかった。
 フォースタス。今はどうしているのだろう?
 私はヴィクターのプレゼントの箱を開けた。予想通り、腕時計だが、普段使いのものではない。少なくとも、高校生が学校で身につけるようなデザインではない。金と銀のメッキの繊細なブレスレットに、小さな時計が付いている。これは、パーティ向けのものだ。
 そして、箱にはヴィクターからの手紙が添えられていた。
《どうか、うちの兄貴を責めないでほしい》
 分かっている。私は今さらあの人を責める気なんてない。

 入学式当日、私は車でミヨンママに送られた。会場には、中学時代のクラスメイトが何人かいたが、私は彼女たちとは距離を置いていた。特に仲が悪くはなかったが、親しくもない人たち。別に執着する必要はないし、新たな友達が出来るかどうかはあくまでも縁次第だ。
 そして、アヴァロン連邦暦346年5月1日。私は歌手デビューした。デビューアルバムのタイトルは『Lucidity(明晰さ)』。デビューシングルも同じタイトルだ。都内のライヴハウスでの初ライヴも、無事に成功に終わった。
 すると、私はにわかに校内で注目されるようになった。私に近づいて友達付き合いを求める女の子たちも何人かいた。私は、中学時代よりは校内での交友関係を大事にしようと思った。
 しかし、自分の発言や行動に不手際があるのはまずい。私は引き続き、クラスメイトたちを警戒する必要があるのだ。
 ある種の成人男性は十代の女の子たちに対して幻想を抱いているようだけど、多分、下手な成人女性よりも十代の女の子の方がよっぽど精神的に残酷だ。これは新しいクラスメイトから聞いた話だけど、知り合いの男の子が「女子が怖いから男子高に進学したい」と言っていたそうだ。
 おそらく、女性嫌悪の大半は「女心嫌悪」だ。元々トランスジェンダーではない男性主人公が美女に変身して活躍するフィクションこそが、その証拠だ。
 私は高校では部活動をしない。何しろ、学業とプロのミュージシャンとしての仕事の両立を果たす必要があるのだ。だから、かえって中学時代よりも交友関係が限られている。
 ルシールとフォースティンは中学3年生になったが、彼女たちは私が通っている高校の入試に挑むようだ。是非とも、この学校に来てもらいたい。私は今の彼女たちとは電話やメールのやり取りしか出来ないくらい忙しいが、実生活でも遊びたい。
 この学校では、中学時代みたいないじめ現場を見かけない。本当にいじめがないのなら良いけど、高校生は中学生よりも知恵が回る分、より巧妙に立ち回るのだろう。
 明日は、テレビで初めて生出演をする。私はこの番組で生演奏をするのだ。もちろん、サーシャたちバックバンドやデヴィル・キャッツも一緒だ。緊張する。
 この番組には「あの」ロクシーも出る。私は、初めて彼女に会うのだ。