Beyond The Heaven

 私はフォースタスの墓の前に立つ。曾孫のルシールと一緒だ。この娘の名前は私の今は亡き親友に、そして、フォースタスの実の姉に由来する。
「ひいばあちゃん、この犬どこから来たの?」
 そこに、一匹の白いミニチュアブルテリアがいた。今は亡き愛犬メフィストに似た、雄のミニチュアブルテリアだ。
《アスターティ》
「え!?」
 私は幻聴だと思った。犬がしゃべったのだ。
《初めまして、アスターティ。僕はあの大震災から生まれた者たちの子孫のひとりです》
 間違いない。犬が話している。サイボーグ犬だったメフィストのように。
「あなた、人間の言葉を話せるの? アガルタのサイボーグ犬みたいに?」
 犬は微笑む。
果心カシン緋奈ヒナ…あなたとフォースタスを見守っていた人たちが、大震災の前に軌道エレベーターの周辺に石の卵を埋め込みました。あの二人は、地球人の末裔であるあなたたちを護る精霊たちです。僕らはあの二人が生み出した石の卵から生まれました》
 何もかも信じられない。私は自分の頭がおかしくなったのかと思った。ルシールも呆然としている。
「なぜ? あなたたちは何のためにいるの?」
《今のアヴァロンは乱世になりました。アヴァロン連邦の崩壊も時間の問題です。ソーニアを始めとして、中央政府からの独立宣言をした州は事実上の独立国家になりました》
 犬は語る。
《この惑星ほしの文明は退行しつつあります。今あるインフラ整備もやがては不可能になるでしょう。しかし、〈アガルタ・ソロモン・プロジェクト〉で生み出された新人類たちが世界中に広まり、混沌の世界から人々を導き、救うでしょう》
 犬の姿が徐々に消えていく。
《アスターティ。あなたの名前はこの世界を守護する『女神』として語り継がれていくでしょう。さようなら。また・・いつか会いましょう》

 私も、いなくなる。

 430年、7月7日。今日は私の百歳の誕生日だが、同時に最後の誕生日でもある。
 私のベッドの周りには家族一同が集まっているが、私はもう動けず、目を開けられず、言葉を発せない。
 遺言はすでに残している。遺産相続などの話はまだ足腰が自由だった頃に済ましている。後は、みんなで助け合って生きていってほしい。
 誰かが私の右手を握っている。長男のグウィディオンだろう。この子もすでに何人かの孫たちがいる。ルシールもその一人だ。
 一世紀、生きてきた。悔いはない。
 きっとまた、私はフォースタスに会える。私は思う。またいつか、桜吹雪の中で手を取り合って。

『Beyond The Heaven』、それがミュージシャンとしての私の遺作であり、歌手ルシール・フォーチュン(Lucille Hilda Fortune)のデビュー曲だ。

 私は、アヴァロンの大気に融け込んでいく。



 歴史は生き物だ。私たちは、巨大な龍と共に生きていく。
 ティアマット。
 海は切り裂かれ、新たな世界が生まれる。
 創造し、維持し、破壊する女神。私の名前にはそのような意味があったという。
 今の私は「個人」ではない。
 私は世界樹を眺めながら天に昇る。古き神々の遺産だという世界樹を超え、大気圏外に抜けた。
 何て美しいのだろう。
「地球は青かった」
 かつての地球の宇宙飛行士の言葉を思い出す。私も、その宇宙飛行士と同じく、母なる惑星ほしの美しさに見とれる。

 長い、夢を見た。



「委員会の連中が騒ぎ出す前にサッサと降りるんだ」
「もちろんだ」
「後は俺が何とか奴らを言いくるめよう。気をつけて行け、果心、緋奈」
「了解した、フォースタス。いや、久秀・・

 石の卵が天から水に落ちる。

蓬莱ホウライは内乱の真っ只中だから、泰夏タイシャに頼るしかない」
「どの王家に頼るの?」
子鳳しほう…もう一人のフォースタスの実家…。あいつの種違いの兄貴に頼もう」
 私は果心カシン緋奈ヒナと一緒に四輪馬車に乗って旅をしていた。この二人は魔法戦士の夫婦だけど、私の実の両親ではない。
 私、この二人の子供だったら良かったのに…。何度かそう思った。果心と緋奈は黒目黒髪だけど、私は二人とは違って青い目に淡い金色の髪を持っている。私は正体不明の孤児だった。
 私たちは〈緑の大陸〉東方の大国・泰夏に来た。この国には東西南北四つの王家があり、その四王家の男性王族たちの中から泰夏皇帝が選ばれる。ただ、皇帝に選ばれるためには厳しい修行に耐えなければならない上に、生涯独身の純潔の身でなければならないという。
 フォースタス、またの名を趙翔ちょう しょうあざなは子鳳は、皇帝候補者の立場を捨てた人だった。
 この人は独身だけど、子供がいる。フォースタスは14歳の若さで一児の父になったが、この人は「泰夏皇帝は純潔の身でなければならない」という掟を逆手に取り、父「北王」の後宮の女性に頼み込んでそれ・・を捨てたのだ。そして、その結果生まれた男の子は私とフォースタスと一緒に、フォースタスの種違いの兄である「ランスロット」こと趙蘭ちょう らん将軍の屋敷で暮らしている。
 趙蘭将軍ことランスロット・ファルケンバーグは、元々〈緑の大陸〉西方の大国アヴァロン帝国の「東方十二諸侯」の一つファルケンバーグ家の一員だったが、お家騒動により国を追われ、母親の公妃と共に泰夏に亡命し、公妃は北王の側室になり、ランスロットの異父弟フォースタスを産んだ。フォースタスが泰夏の王族でありながらも西域風の名前を持ち、ランスロット義兄あに上が泰夏風の名を持つのはそういう事情があるからだ。
 果心と緋奈は、フォースタスと私の師匠だった。剣術と魔術、さらには様々な言語や学問。私たちは貪欲にそれらを学んでいった。
 多分、それが自分が何者かを知る鍵となる。幼い私は直感的にそう思った。

「ねえ、果心」
「何だ、アスターティ?」
「大昔は動く紙芝居があったって本当なの?」
 私たちは果心と緋奈に太古の話について尋ねる。果心たちは、太古の驚異的な文明について語る。
「今では失われた技術テクノロジーが不可能を可能にしていたんだ。〈聖なる星〉から来た人たちがこの世界を開拓して、人々が住みやすくしたんだよ」
「その人たちって神様?」
 果心はしばらく首を傾げてから言う。
「まあ、今の世の中なら神様だろうね」