新生

 泰夏タイシャの北王は、いや、北王の側室の一人である元公妃は、私をフォースタスの許嫁いいなずけにした。
 確かに私はフォースタスが好きだ。しかし、泰夏の王家が正体不明の孤児を婚姻関係で取り込むのは奇妙だった。
 北王家の公子であるフォースタスは皇帝候補者の立場を自らドブに捨てていたので、半ば実家から勘当同然の身だった。そんな彼を庇護しているのは、異父兄の趙蘭将軍…ランスロット義兄あに上だった。
 私は15歳になっていた。
「アスターティ、お客様よ」
 義姉あね上が呼んでいる。
 ランスロット義兄上の妻である義姉上は泰夏の東王家の公女で、本名は田琳でん りんという。義姉上も義兄上と同じく、優れた魔法戦士の資質を持っている。
「はーい」
 私は返事をする。
「お客様?」
 私と同い年の女の子が訊く。赤い目に白い髪と白い肌の女の子だ。この子は病弱な体なので、あまり外には出られない。
「誰だろう?」
 私は客間に行った。
 義母はは上が客人に私を紹介する。そこには果心と緋奈もいる。私の養父母であり、師匠でもある二人は、いつまでも若い姿だ。私が物心がつく頃から、二人は変わらない。
「オースリン様、この子がアスターティです」
 そこには、黒髪の西域人女性がいた。年はおそらく四十前後、理知的な美人だが、私はこの人が強力な魔法戦士であるのを感じ取った。
「アスターティ殿、初めまして。私はアヴァロン帝国の宰相、オースリン・フォーチュン(Ausrine Fortune)です」

「アスターティ、行っちゃうの?」
「ごめんね、清香サヤカ
「あのオースリン様というお方、私のお父さんと知り合いらしいけど、お父さんは今どこにいるのかな?」

 私はレディ・オースリンの養女として、アヴァロンへの旅に出た。フォースタスとの婚約はそのままで、私は泰夏から出て行った。
 フォースタスは息子グウィディオン(Gwydion Chao)と一緒に、私たちとは別に武者修行の旅に出た。宰相オースリン一行は衛兵たちに守られていたが、フォースタス親子は従者を一人連れただけだった。
 レディ・オースリン…母上は帝国の宰相であると同時に帝国の「筆頭剣士」である。魔法戦士の大半は剣を武器にするが、アヴァロン帝国の魔法戦士たちの頂点とされる者こそが筆頭剣士だ。
「アスターティ」
「は、はい」
「私もあなたと同じく孤児だったのよ」
 私は目を見開いた。大国の宰相が孤児だったとは、驚くべき身の上話だった。
天女船フーリーシップ。あなたも聞いた事があるでしょう? 私はあの船から逃げ出してきたの」
 天女船とは、「天女」と呼ばれる神秘的な美女たちを乗せて空を飛ぶ帆船である。この空中帆船は数年に一度、地上に降りて、天女たちが男性たちとの間に子供を作ると言われている。男の子は地上の人間に預けられ、女の子は新たな天女として船内で育てられる。
「つまり、私は天女のなり損ないなのよ」
 母上は自嘲する。
 四輪馬車の窓の向こうに世界樹が見える。大体、大陸の真ん中辺りだ。あの世界樹には巫女たちがおり、人々に予言や預言をする。その周りは聖地として集落が出来ていた。
「なぜあなたが私の養女になったのか。それは、泰夏とアヴァロンの友好関係のためなの。アヴァロン王家の養女になった私の、さらに養女になったあなたがフォースタスと結婚する事が、二つの国の架け橋となるのよ」



 私たちは大陸から船に乗り、島に渡る。緑の島アヴァロンだ。アヴァロン帝国の領地は大陸の西部まであるが、この島こそが帝国発祥の地だった。
 アヴァロン帝国の首都アヴァロンシティは、西域の大国にふさわしい繁栄がある。私は、その豊かさに圧倒された。
 母上…アヴァロン帝国宰相にして筆頭剣士であるレディ・オースリンの屋敷は、書生などの食客たちが養われていた。そして、母上の夫である父上はアヴァロン大学の学長だが、この世界最古の大学は帝国そのものよりも歴史が古いという。
 私は、その最古の大学を目指す。魔法戦士たちの最高学府だ。
 そして、母上の実の息子であるニケ…イクティニケ・フォーチュン(Iktinike Fortune)と彼の妹ナンナ・フォーチュン(Nanna Fortune)がいた。ニケは私と同い年であり、ナンナは二歳下だった。
 私はこの国の皇帝と面会した。
「君が噂のアスターティだね。よろしく」
 現皇帝べレナス(Belenus)陛下はまだ22歳、威厳よりも親しみやすさを感じさせるお方だ。陛下は先帝である父君を亡くしたばかりの新米皇帝だった。
 ちなみに先帝の即位には不思議な事情がある。先帝の兄であるお方が突然弟に譲位し、自ら大船団を率いて大航海に出たのだ。
「伯父上は父上の葬儀が終わってからまたいなくなったけどね」
 陛下は苦笑いした。

 桜吹雪の中、私はアヴァロン大学の練兵場を見学する。魔法戦士たちが「マスコット」を訓練しているが、マスコットとは魔法戦士たちの補助をする動物たちであり、人の言葉を話す。主に犬や猫であり、他の動物たちもいるが、犬や猫の方が多く、犬は「化け犬」カバル(cabal)、猫は「化け猫」キャスパルグ(cathpalug)と呼ばれる。マスコットたちは魔法戦士ほどではないが、ある程度の魔法を使える。
 そこに一人の男性魔法戦士が一匹の犬を連れていた。愛嬌のある卵型の顔をした白い犬、そして、懐かしい人。東方の人間に多い黒髪と黒い目の人は微笑む。
 私の愛しい人。
「フォースタス!」
「アスターティ?」
「久しぶりね」
「元気か?」
「ええ、ここの暮らしにはまだまだ慣れないけどね」
 私たちは桜並木を見渡す。それぞれが体験した事を話しながら、私たちは並木道を歩く。
 フォースタスは言う。
「この世界には三種の神器がある。一つは東の果ての島国蓬莱ホウライにある〈聖鏡〉、もう一つは世界樹の巫女たちが護る〈聖剣〉、そして、常にどこかをさまよい続ける〈聖杯〉だ」
「聖杯?」
「その聖杯とは、三種の神器の中で最も神聖な奇跡の力を持っている。ただ、その実態は誰も知らない」
 聖杯。それは〈聖なる星〉から伝わった宝だという。私たち人間は〈聖なる星〉からこの大地に降りた神々に作られたと言われている。
「そうだ、ちょうど良かった。以前の仕事の報酬のオマケとしてもらったのだけど…」
 私たちは立ち止まる。フォースタスは腰のポーチから小さな巾着袋を取り出し、私に中身を手渡した。金色の鎖に、金色の星型の飾り。
「この首飾りは?」
「魔除けのお守りらしいんだ。お前にやる。多分、似合うよ。お前は『フォーチュン』だから」
 私は星型の飾りを見る。表は何もなくつやつやしているが、裏を返すと文字がある。
「FORTUNA IMPERATRIX MUNDI」
 運命の女神、世界の支配者。星形のペンダントトップの裏面には、そう刻印されている。

「ありがとう、フォースタス」

 私の愛しい人、フォースタス。多分、私は生まれる前からあの人を知っていた。
 私は自室の窓から夜空を眺める。私たち人間や他の生き物たちを生み出した神々がいたという〈聖なる星〉。その星はどこにあるのだろう?
 流れ星が視界を横切る。

 武器ではなく花を。平和の果実を食べに行こう。

 あの天の向こうへ。