少女戦士ヒルダ

「今日のゲストはアスターティ・フォーチュンさんです!」
 8月。私は夏休み中、いくつかのテレビやラジオの番組に出演した。ライヴハウスでも何回か演奏した。私だけではない。デヴィル・キャッツの二人も、本業のダンサーの仕事だけでなく、ラジオパーソナリティの仕事をしている。
 ミヨンママはフォースタスの弟ヴィクターに、邯鄲ドリームの社長の役職を受け継がせた。そして、ミナが副社長に就任した。私はヴィクターがまだまだ若いので不安に思ったが、ママが言うには、しばらくは自分とミナが事実上の司令塔でいるという。これは思い切った決断だ。
 そのヴィクターはフォースタスたちと一緒にバカンスに行った。ミヨンママは言う。
「ヴィックもシリルも、あの子を立ち直らせようとしているのよ。そのきっかけとしてちょうど良い機会よ」
 今は夏休み中だけど、ルシールやフォースティンには会えない。あの子たちは受験勉強中なのだ。満足な話相手は、ミヨンママやミナ、サーシャやデヴィル・キャッツくらいだ。

「え!? 離婚しちゃうの?」
「やはり、そうね。あのバカ旦那なんて、捨てて正解よ」
 ミヨンママはため息をついて言う。ママは問題のダメ男に心底から呆れている。浮気と暴力と金遣いの荒さというダメ人間なんて、結婚なんてすべきではない。
 私はマリリンが離婚するのを知って驚いた。まだ身重だけど、やむを得ない決断だった。マリリンは、長女アリスと一緒にお姉さんの家に戻った。この家は内科クリニックなのだが、ゲイナー姉妹の両親は長女ジェラルディンにクリニックを任せて、別荘に引っ越した。ジェラルディンは若くして一国一城の主になったのだ。
 ゲイナー家は、三姉妹の末娘フォースティンも含めて女ばかりの所帯になった。
「あ、またあの子が来ている」
 窓の向こうに一人の女の子がいる。彼女は私と目が合うと、目を背けて、立ち去る。これで何度目だろうか?
 私が外出する際に彼女に会うと、彼女は物陰に隠れる。そんな事が何度かあった。
 最近、我が家の近くでしばしば赤毛の女の子を見かける。くせっ毛を短く刈り込み、それがアフロヘアみたいに丸く膨らんでいる。そんな髪が目立つ。おそらく小学校高学年くらいだ。顔立ちは美少女というよりも美少年みたいに凛々しい。彼女は私と目が合うと、顔を赤くして目をそむける。どうやら彼女は私に対する悪意はないようだが、それにしても気になる。もしかすると私のファンなのかもしれないけど、正直言って、あまり歓迎は出来ない。
 なぜなら、ファンを装ったアンチが嫌がらせをする危険性があるからだ。熱狂的で独善的なファンのストーキングだってある。色々と気をつけなければならない。
 しかし、問題の女の子からはそのような「邪気」は感じられない。私は孫悟空みたいな彼女に興味を抱くようになった。

「ねぇ、ちょっと」
「は、はい!?」
 私は思い切って彼女に声をかけた。彼女は思い切り恐縮している。私は彼女を怖がらせないように、優しく問いかけた。
「別にあなたを責めるつもりはないわ。あなた、私に何か用があるの?」
 彼女は半ば泣き出しそうだったが、答えた。
「すみません。私、あなたのファンなんです。だから会いたくて来たんです」
「でも、しょっちゅうここに来ているようなら、色々と疑われるわよ」
「ご、ごめんなさい。でも私、あなたの事を尊敬していて、弟子にしてもらいたいから来てるんです!」
「え、弟子!?」
 私は困惑しつつ、彼女を家に入れずに、近所のカフェに連れて行った。家に入れるのは色々と危険だからだ。私は彼女に飲み物とケーキをおごった。
 彼女の名前はヒルダ・マーズ(Hilda Mars)。今年の12月に12歳になるという小学6年生だという。ヒルダは複雑な家庭環境にあるらしく、家出をしているようだ。
 ヒルダはギターケースを背負っていた。彼女は6歳の頃からギターを弾いていたという。近所に住んでいた女性から演奏を習っていたそうだが、その人はエディ・ヴァン・ヘイレンの子孫を自称していたらしい。もちろん、子孫云々は眉唾ものだけど、ヒルダがその人の影響でプロのミュージシャンを目指しているのは確かだ。
「でも、早く家に帰らないと、家の人が心配するでしょ?」
「あんな奴ら、知るもんか!」
 ヒルダは声を荒らげた。他の客たちがこちらに注目したし、私も驚いたが、彼女は家族を恨んでいる。ヒルダの継父、すなわち母親の再婚相手がマリリンの元旦那さんと似たようなダメ男で、母親に暴力を振るって、堂々と愛人を家に連れ込んで好き勝手に振る舞っているのだ。
 私はミヨンママに相談しようと思った。しかし、全く無関係の一般人のトラブルに首を突っ込むべきではないと言われるだろう。困った。しかし、私はこの子を放っておけない。
「今の私はなんの力にもなれないけど、いざという時のために連絡先を交換しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
 ヒルダの顔は涙でビショビショだった。私はティッシュを取り出して、彼女の顔を拭いた。
「おいしいケーキを食べさせてくださってありがとうございます。ごちそうさまでした」
「何かあったら連絡して。もしかすると、邯鄲ドリームの顧問弁護士の方に相談出来るかもしれないから」
「ありがとうございます!」
 ヒルダはギターケースを背負い、帰った。いや、そのまま家に帰ったのかは分からない。継父だけでなく、実母からも育児放棄されており、学校でも居場所がない。私は彼女が心配だ。