受け継がれるもの

「こんにちは」
 ミックの葬儀で出会った、生前のミックの恋人だった男性が我が家を訪れた。
 アヴァロン連邦暦351年の新年を迎えた私たちは、この来客も迎えた。
「ミックと私は婚約していました。出会って間もない時期でしたが、互いに『この人しかいない』と思いました」
 フォースタスの片目から涙がこぼれる。
 男性はバッグから箱を取り出した。
「彼は生前、親友であるあなたにこれを残しました。どうか受け取ってください」
「…あ、ありがとうございます」
 男性が帰った後、フォースタスは箱を開けた。その中には新品同様の限定品の腕時計やミニカーなどと共に封筒が入っていた。フォースタスは封筒を取り出し、中の手紙を読む。
《フォースタス。君がこの手紙を読む頃には、僕はもうこの世にはいないだろう》
「ミック…!」
《僕はあのカルト教団の関係者らしき連中から脅迫を受けている。ゲイだというだけでね。いや、もしかすると、それだけではない。この手紙を君に送るであろう恋人も、あの連中の被害に遭っている》
「やはり、そうか…」
《彼と僕は男同士だから、普通の方法では子供は出来ない。だから、代理母出産を利用する事にした。そこに〈アガルタ〉からの打診があった》
「アガルタだって!?」
 フォースタスが叫んだ。私は息を呑んだ。アガルタ? なぜアガルタの名前が出るのか? 代理母出産。まさか?
《僕らは〈アガルタ・ソロモン・プロジェクト〉に協力した。僕らはアガルタに自分たちの精子を提供した。君がこの手紙を受け取る頃には、すでに二人のバーラット(女性型バール)が人工授精に成功しているだろう》
 ミックと先ほどの男性の血を引く子供を妊娠したバールたちがいる。私たちは絶句した。私の肩を抱くフォースタスの手に力が入る。

 私たちは検診のためにアガルタに向かった。メフィストはリチャード博士のクリニックに預けている。極彩色のアヴァロンシティは、今はすっかり雪化粧に包まれており、空気が青味がかる。
《もし、その子たちが生まれたら、君たちが僕らの代わりにその子たちを見守ってほしい》
 ひょっとして、ミックは私たちの関係を、さらには私の正体を知っていたのだろうか?
 フォースタスは黙って車を運転している。ミックが殺されて以来、この人は寡黙になり、マツナガ博士のような陽気さは影を潜めた。私たちは研究所の敷地内に入り、検診を受ける。
「フォースタス、やはりショックだったんだな」
 精神科の先生が言う。隣りにいるマツナガ博士もうなづく。
 フォースタスはミサト母さんの部屋に行っている。
「アスターティ、久しぶりに茶室に入るか?」
「え?」
「ちょっと俺、着替えてくる。準備が済んだら、お前らを呼ぶ」
 マツナガ博士はロビーを出ていった。



「ミックはお前がいつまでもクヨクヨしているのを望んでなどいないだろう」
 マツナガ博士は言う。ピンとした姿勢、緑がかった灰色の和服姿がかっこいい。
「ましてや、お前が自分の仇討ちのために暴走するような事態など望んでいない。俺がミックの遺書を読ませてもらった限りでは、本人はお前たちを自分らの不幸には巻き込みたくないと思っていたと、俺は見る」
 フォースタスは黙って茶碗を口にする。
 今日の茶会のお茶菓子は、黒ゴマ味のマカロンだ。私はそっとそれをつまみ、口に入れる。柔らかな食感とほのかな甘みが私の口の中に溶け込んでいく。
「ミックたちのような善人が何の罪もないのに殺されていく。あのクソ忌々しい集団は社会悪だ。だが、奴らと同じやり方で奴らに対抗するのは下策だ。いや、下策ですらない」
 博士は眉をひそめつつ言う。私は茶碗を受け取り、深緑色の温かい液体を飲む。ほろ苦い落ち着き。私は茶室の空気から、フォースタスが徐々に冷静さを取り戻すのを感じた。



 私たちはアガルタを出て、車を走らせる。フォースタスは以前ほど暗い表情ではない。
「母さんが、言っていたけど」
「お母さんが?」
「『あなた、アスターティに八つ当たりしていない?』と訊いてきたんだ。俺はお前に暴力を振るっていないし、暴言を吐かないように気をつけていたけど、それでもお前を傷つけていたのだろうな」
 確かにこの人は私に物理的にも精神的にも暴力を振るってはいない。だけど、ミックが殺されて以来のこの人のふさぎ込んだ様子から、私は不安を抱いていた。
「アスターティ、ごめん。俺、お前を怖がらせていたのだな。昔からお前に迷惑をかけて申し訳ない」
「私こそ、ごめんなさい。力になれなくて」
「ありがとう。そうだ、気分転換にちょっと寄り道しないか? ドクターが言うように、うまいもん食って気晴らししよう!」
「うん」
「メフィストを連れて帰るのはそれからだ」
 私たちの車は自宅とは別の方向に進む。セントラルパーク近くのイタリアンレストランに、私たちは向かう。
「ねえ、フォースタス」
「何だ?」
「私、車の免許がほしいから教習所に行きたいの。あなたにばかり運転させるのは悪いから」
「そうか、ありがとう」
 私は去年のセントラルパークのコンサート以来、芸能活動を休んでいる。学業に専念するためだが、もう一つ理由がある。それが運転免許取得だ。
 我が家の車庫には二台の車をしまえる。免許を取れれば、私は自分の車を買うつもりだ。その車を初めて運転する時には、フォースタスに助手席に座ってもらおう。本人は不安がるだろうけど、私は自分一人だけで初運転するのが不安なのだ。
「世の中には、ハンドルを握ると性格が変わる奴がいるけど、お前、まさかそういうタイプじゃないよな?」
 フォースタスが私をからかう。久しぶりの陽気な微笑み。私もつられて笑う。
「分からない。その時にならないと」
「勘弁してくれよ!」
 私たちは久しぶりに大笑いした。やはり、マツナガ博士のお茶には魔法があるのだ。