終章

「いい天気だ。安産日和だな」
「早く赤ちゃん見たいなぁ~」
 呂尚はブライトムーンと一緒に、産婦人科のロビーにいた。もうすぐ、秀虎と加奈子の息子が生まれるのだ。
 秀虎は、分娩室で加奈子の出産に立ち会っている。これは、かつての秀虎の時代では考えられなかった事だ。倫と小百合は、分娩室の前のベンチで待っている。
「呂先生、まだですか?」
 果心が来た。英国の有名パンクロックバンドのTシャツに、黒のジーンズという姿だ。
 普段の彼は、スタジオミュージシャンの仕事をしている。そして、ギターケースにしまっているギターも単なる楽器ではなく、何らかの魔力を秘めたものである。
「赤ん坊の魔除けはどうしましょうかね?」
「とりあえず、産着だな。すでに用意している」
《…オギャー! オギャー! オギャー! オギャー!…》
 産まれた!
「やったー!」
 加奈子と息子・虎之介の病室には、秀虎、倫、小百合、果心、ブライトムーン、そして呂尚がいた。
「おめでとう!」
「みんな、ありがとう」

 呂尚は、果心とブライトムーンを連れて、病院の屋上に出た。
「秀虎は泣いて喜んでいた。何百年ぶりの嬉し泣きか」
「それより先に、加奈子と…」
「何だって?」
「…いや、何でもありません」
 アスタルテの百合は、まだ咲いている。花が芳香と共に発する女神の霊力は、蓮華院家だけでなく、この街全体を護っている。花が咲き終わっても、球根は護符の役割を保つ。
 加奈子が入院中、涼子や若菜やさやかが来た。紅葉山夫妻も来た。そして、加奈子がエッセイの連載を休んでいる雑誌の担当編集者らも来た。
 数日後、母子は退院した。二人とも、いたって健康だ。

 加奈子は、それまでの人生を振り返る。
「学校でいじめられていた頃には、こんな幸せなんて考えられなかった」
 何しろ、義務教育時代の彼女が漫画家志望だったのは、男子クラスメイトにいじめられて男性不信になっていたからである。つまりは、生涯独身でいる覚悟があったから、手に職をつけようと思ったのだ。しかし、今は、誰よりも信頼出来る人がそばにいる。
 小さな球根が芽を出し、みるみる成長して大輪の花々を咲かす。花々は優美な芳香を放ち、南風が香りを運ぶ。
 二人は手をつなぎ、雲一つない「完璧な空」を見上げる。希望の糸を導く光と風、女神の祝福は天に昇る。
 赤ん坊は幸せいっぱいの寝顔で眠っている。生まれたばかりの子供にとって、世界は実に大きく豊かだ。
「ありがとう、ヒデさん。あなたに会えて本当に良かった」
「わしもだ、加奈。お前には本当に感謝している」
 秀虎と加奈子は、抱き合って口づけをした。