毒の系譜

「蓮華院秀虎、19XX年5月5日、神奈川県X市生まれ。最終学歴は、倫と小百合の大学の法学部」
 呂尚は、秀虎の「現代人」としての肩書きの工作をしていた。市役所などでの市民のデータベースには、すでに秀虎の存在が刻み込まれている。住民票なども出来上がっている。あとは、ブライトムーンと一緒にあの二人の家に行って、二人に知らせよう。
 ちょうどそこに、果心がやって来た。相変わらずのロック野郎スタイルのいでたちだが、何だか表情がさえない。
「先生、まだまだ安心出来ませんよ」
「果心、どうした?」
「まあ、あまり派手にやり過ぎると、私自身が悪霊扱いされて討伐対象になってしまいますけどね。加奈子を狙っている奴らを叩くべきですよ」
「ほほう」
「黒幕の女のアパートを覗いてみたら、そいつは違法薬物を使っておりましてね。これはいい材料ですよ」
 果心は消えた。
「やれやれ、あまりムチャするんじゃないぞ」

 凛華の母・浜凛子はま りんこは、孫の泣き声にイラついていた。まだまだ「女」として現役バリバリの彼女自身は、まだ40歳前後の「若いおばあちゃん」である。当然、「おばあちゃん」扱いされるのを快く思わない。ましてや、この孫娘の母親は、自分にとっては「毒娘」なのだ。
 十代の若気の至りでの、望まぬ妊娠と結婚の結果生まれた娘の、そのまた娘。それだけでも十分忌々しいのに、凛華はこの孫の世話を自分に押し付けた。
「あ〜ぁ、馬鹿馬鹿しい」
 今、自分と一緒に暮らしている男もまた、この子を邪魔者扱いしていた。この子の身体中にはあざがいくつかあった。そんな孫娘を尻目に、凛子はタバコをふかして酒を飲んでいた。
「さて、児童相談所に連絡…」
 果心は携帯電話を取り出した。児童相談所だけではない。「あの女」についてのタレコミも必要だ。



 加奈子ら四人は、家に戻ってくつろいでいた。スーパーでの食材買い出しにも邪魔が入らず、四人は買い物を済まして、無事に帰宅出来た。
 倫は「せっかくヒデさんが全快したのだから、お祝いとして寿司の出前を注文しよう」と提案したが、秀虎自身は(遠慮がちに)カレーを食べたいという。
 加奈子は台所でカレーを作り始めた。しかも、秀虎が特に好きなポークカレーだ。それに、何か出前を頼んでも、配達する人が事件に巻き込まれるのはまずい。
「こうして実際に外に出ると、実に面白い」
 秀虎にとって現代社会とは、一つのテーマパークのようだ。見るもの全てが新鮮。もし仮に、好奇心豊かな彼がもっと後の時代に生まれていれば、普通の武士ではなく学者になっていたのかもしれない。
 ただ、松平定信の「寛政異学の禁」の時期はダメだろう。定信はある漫画では女性として登場しているが、加奈子はあるコミュニティーサイトで、その女性版松平定信に似た性格の女とケンカ別れしている。ただし、その女は「あすかももこ」とは別人だ。第一、ももこはその女ほど潔癖な性格ではないのだ。
「あすかももこ」。加奈子は問題のあの女が昨日の暴走族連中を操っていたらしいと推測するが、肝心の本人がどうしているか気になる。
「今の仕事で、昔のわしらのような仕事と言えば、自衛官があるけど、なるべくならば、少しでも加奈と一緒にいられるように時間がほしいのう。何か良い仕事はないだろうか?」
 秀虎の言う通り、社会復帰などの問題もある。当人の体が完全再生したからには、これからの二人暮らしが難しくなる。
 もし、当人に健康上の問題があったら、医療費などの問題もある。そもそも加奈子一人だけでもその辺の問題は心配だ。ましてや、秀虎に現代人としての戸籍がないならば、色々と不便だ。
 そう、二人の問題はまだ始まったばかりなのだ。



「あたし以外の女は絶対悪、あたしだけが聖女なのよ! 女神なのよ!」
 明るい茶色に染めた髪を振り乱し、女は叫ぶ。黒々と燃える神懸かり。赤々と流れる精神の血。しかし、それは強烈な腐臭を放っている。
「あのバカ女、地獄へ落ちてしまえ!!」
 今頃あの女…作家志望の花川加奈子は、さんざん暴走族どもになぶりものにされて死んでいるハズ…。凛華は寝ぼけ眼でニンマリした。
 しかし、あの女を片付けた連中への報酬はどうしようか? 凛華はかなりの金額を違法薬物に注ぎ込んでいた。
 踏み倒す…いや、無理だ。そもそも今の自分の仕事だって、元旦那の借金返済のために暴力団に強制されたものだ。自分が薬漬けになったのだって、逃げられないために薬を使われたからだ。
 凛華は、眠気が吹っ飛んで震え上がった。
《ピンポーン!》
 誰か来た! 薬を見られたらマズい。
「警察署の者です」
 クソッ、何てこった! 凛華は急いで薬をベッドの下に隠した。それにしても、一体誰が自分をチクったのだろうか? もしかして、誰か裏切ったのだろうか?

「よし、奴は連行された。後を追おう」
 果心は光の玉になり、逮捕された凛華を載せたパトカーを追った。
 今までの経緯からして、浜凛華という女は十二分に同情するに値する女である。しかし、その精神は徐々に「悪霊」化していっている。放っておけば、何をしでかすか分からない。
「やはり、俺の勘が当たりそうな予感がするな…」
 悪霊を断ち斬る魔剣。その気になれば、一つの都市や艦隊を攻撃して打ち負かす事すら出来る黒い魔石を柄に組み込んだ剣。まさしく、あのオフィスの主人が言う通り、現代の武器で言えば核ミサイル級の危険物だ。
 この剣で斬られた悪霊は、霧散して消え失せる。これらによって魂がこの世から消え去った者たちは少なくない。
 この剣が「魔剣」となったのは、あのオフィスの主人が生前に自害に使ってからの事である。彼らの「祟り神」としての魔力が黒石と刃に宿り、この剣は無敵の凶器と化した。
留置場豚箱…そう簡単に自殺するようなタマではないとは思うが、どうかな?」
 果心はため息をついた。