朔北に移り咲く名花 ―王昭君―

 あの頃、私は閉ざされた庭にいた。

 後宮。たった一人の男だけのために作られた、「生きた人形」たちの倉庫。私もその「人形」の一人だった。
 漢の宮女としての暮らしは退屈なものだった。他の女たちとの、名ばかりの友人関係。「巧言令色、すくなし仁」という言葉を絵に描いたような、作り笑いの世界。
 とは言え、私には他の女たちと競う気力すらなかった。問題の「たった一人の男」は中華の皇帝ではあっても、ただそれだけの存在に過ぎない。私はただ、雑用の仕事に専念するだけだった。
 その皇帝が、私たち宮女の似顔絵を絵師に描かせた。どうやら、私たちの中から召し出す相手を決めるためだったらしい。女たちの中には、自分が皇帝の目に留まるために絵師に賄賂を贈る者たちもいたが、私はそんなバカバカしい事などしなかった。
 多分、あの絵師は私をケチだと思っただろうが、私の知った事ではない。私は根本的に他人に媚びるのが嫌いなのだから。なるほど、我ながら宮女という仕事には向いていない。

 匈奴の使者が漢の宮廷にやって来たのは、それからしばらく経ってからだった。匈奴は漢の女たちの中から閼氏(王妃)を選びたいと申し出た。そこで選ばれたのが、何と私だった。
 あの絵師に賄賂を贈らなかったせいだと噂する者たちも少なからずいたが、一つの箱庭から別の箱庭に「人形」が一つ移されるだけの事。私には何も言えないし、言う気もなかった。
 ただ、匈奴の王室に嫁ぐというのは、いわば使者のようなものだ。ならばそれなりに重要な婚姻関係なのだし、おろそかには出来ないはずだ。それだけに、なぜ私が選ばれたのかは分からない。

 ある日、単于(匈奴の王)が言った。
「そなたの宮女時代の働きぶりを見てほめた者がいたそうじゃな」
 私は驚いた。
「それに、そなたの美しさは上辺だけではない。強く、賢く、誇らしい」
 ここはカビ臭い「箱庭」ではない。心をのびのびと自由に出来る大草原だ。もう、余計な競争で心をすり減らす必要などない。私はこの地の空気で新たな生を得た。

 そう。今の私は、あの頃よりずっと幸せだ。