「愚者」の微笑み ―劉禅―

 あの男、この私を呉王夫差や燕の恵王と同類扱いしていたか。

「あの男は簒奪の機会をうかがっていたのですよ。あの男が死去したのはつまり、全ての人にとって喜ぶべき事態であります」

 なるほど、我が父と比べて「凡庸」な私にすら「逆鱗」はあるのだ。我ながらお笑い草だ。「あの人」を侮辱した問題発言の男を一人処刑したくらいでは、私の「悪名」はなくならない。何しろ、今の私は「一番賢明な息子を死なせてまで生き延びた、愚かで弱い父親」なのだから。
 そう、この私の存在そのものが「お笑い草」、我が目の前にいる男が天下を取るための「養分」に過ぎない。いずれはもう一人の「自称皇帝」もこの男の前にひざまずくだろう。

「もし仮に諸葛亮が生きていたとしても、この男を補佐していつまでも安泰にしておくのは不可能だったさ。ましてや姜維ごときではなおさらだよ」

 それは他ならぬ私自身が分かっている。好きで皇帝になんかなったのではない。そもそも私は父の世代とは違って、「漢」に対する信仰なんてないのだから。
 少なくとも「簒奪者」のお前たちにあざけられても、私には痛くもかゆくもない。永遠に続く天下なんてどこにもないし、その天下に執着する意味など分からない…いや、「分かりたくない」。

 女が好きでもない男に媚びへつらって生きるように、私も愚者の微笑みを浮かべて生き延びよう。どうせ私は屈原のような清らかな人間ではないのだし、凡人は凡人らしく自らの「生」に執着するのがふさわしいのだから。