二人もいらない ―蒯通―

 楽毅がく き将軍、我が敬愛する稀代の名将。二人といない、いや、他に比肩する者など「いらない」「いてはならない」お方。
 そう、あの小僧、気に食わない。
 私はあの男に近づいた。
 淮陰わいいんという片田舎でくすぶっていた、あの小賢しい若造だ。ちょっと兵法をかじっているくらいでいい気になっているチンケな小僧だ。
 あいつは漢王にとってはただの道具に過ぎない奴だ。そう、使い捨てのボロ布程度の輩に過ぎない。いにしえの呂尚りょ しょうが天帝の使う聖なる杯ならば、あれは安い木っ端を削って作った椀に過ぎない。底から水がこぼれそうな安い器だ。
 あんな奴が我が敬愛する楽将軍に比肩する栄誉を得るなど、許されてたまるものか? 私は何食わぬ顔であの男の耳に蜜のような毒を注ぐ。

「私は漢王には逆らえない」

 ふん、忠臣気取りか? お前は己を楽将軍に比肩する「君子」に仕立て上げるつもりか? ふざけるな。「楽毅」は二人もいらない。
 だからこそ、私はあの忌々しい男が道を誤るように仕向けた。私の「助言」それ自体が、あの男を葬るためのくさびとなるが、あの男にとどめを刺すのは私ではない。

 私は狂人を演じつつ、あの男の下を去った。

 あの男が粛清され、私は漢王、いや、漢の皇帝になった田舎親父の下に連れてこられた。あの淮陰の小僧め、死ぬ間際に「蒯通かい とうの計を用いなかったのが残念だ」と吐き捨てたらしいが、その言葉自体が私の計の締めくくりだ。
 楽毅将軍のような素晴らしいお方は二人もいらないのだから、あの男は万死に値する。「国士無双」などと虚名を得たあの男は、楽将軍の足元にも及ばないのだし、絵に描いた美女ほどの値打ちもない。
 私は出まかせで田舎親父を言いくるめる。私はあの小僧よりもはるかに「忠臣」を演じるのがうまいのだ。気前の良い男を演じたがる田舎親父は私を釈放し、今の私は自由の身だ。

 何? 「これから楽毅以上の名将が現れるだろう」? ふざけるな。あの田舎親父の国はしばらくは続くだろうよ。少なくとも、あの秦なんかよりは要領よく国を保ち続けるだろうさ。どうせ、この国が滅びる頃には私は土の中の骨だし、そんな先の事など知ったこっちゃない。ただ、楽毅将軍の名声が後世まで語り継がれれば良いのだ。