黒い瞳のランスロット

 地球の昔から、庶民にとって有名人のゴシップは「ご馳走」だ。現代の惑星アヴァロンにおいても、常に売れっ子芸能人たちのスキャンダルが食卓に並べられる。それは怪しい湯気を立たせ、妖しい匂いを放つ。
 ゴシップのファストフード店。マスメディアは国民の政治やその他社会問題に対する不満をそらすために、男女の桃色遊戯おあそびの三文芝居をパッケージに入れて、陳列する。しかし、社会に対して明敏な人間たちはそう簡単には踊らされない。そして、そんな「ファストフード」はミーハーなノンポリしか食いつかない。
 いかにも毒々しい食品添加物に汚染された「ご馳走」、それが有名人のゴシップだ。いや、むしろ、その毒々しさこそがかえってある種の人間の食指を動かすのだ。なぜなら、この世の「普通の」人間にとってはあくまでも他人事に過ぎないから、気楽に娯楽や精神的なスナック菓子として消費出来るし、直接自分の立場を脅かすものではないから安心安全なのだ。
 しかし、今の俺の立場は危ない。今の俺の秘密が世間に知れ渡れば、俺はマスコミの連中に好き勝手に調理されて、ゴシップレストランのテーブルに載せられてしまう。いかにも怪しい味付けと飾り付けがなされた上に。

 食品用のメタリックスプレーで金色に着色されたローストチキンのように。

 かつての地球には「警察24時」などというテレビ番組があった。そして、現代のテレビでもその手の特別番組は時々放送される。
 俺は昨夜、その「アヴァロン警察24時」を観ていた。アヴァロンシティの様々な犯罪、万引きや違法風俗店などの摘発やカーチェイスが扇情的に展開される。ある意味、ポルノ以上の「ポルノ」だ。
「えげつないな」
 えげつないといえば、最近頻繁に起こるバール殺害事件がそうだ。それらは昨夜の番組にも取り上げられていたが、〈ジ・オ〉並びに〈神の塔〉についての言及は一切ない。そもそもあれらは今のところは公式かつ明確に「テロ組織」だとは定義されていないが、世間一般ではカルト団体だと認識されている。
 ある州知事は暴言失言でヒンシュクを買っているが、あの男は一部の有権者たちからは熱狂的な支持を集めている。具体的に言えば、保守的な価値観を持つ白人キリスト教徒の有権者たちだ。彼らは女性蔑視傾向が強く、障害者や性的マイノリティや有色人種に対する差別心が根強い。かつての地球にいた白人至上主義者の再来だ。〈ジ・オ〉や〈神の塔〉を構成するのはそんな連中であり、奴らがあの暴言男を支持するのだ。

 そいつらはバールたちを「悪魔」として忌み嫌う。何しろ「バール」とは旧約聖書で非難されている異教の神に由来する名称なのだ。


「緋奈、どうか果心を恨まないでくれよ」
 久秀は、緋奈を抱きながら言う。深夜、一つのか細い灯りが抱き合う男女を照らす。
「あいつは、お前の真剣な思いを受け止めるのが怖いんだよ。だがな、緋奈。決してあいつを恨んではならん」
「弾正様…?」
 女の白い柔肌が紅潮する。男はささやく。
「あいつはきっと戻ってくる。その時は共にあいつを楽しませてやろうではないか、緋奈?」
 久秀はニッと微笑む。
「それに、俺は心底からあいつが大好きなんだよ」


「やぁ、久しぶりだな、フォースタス」
「こんにちは、先生」
 ついに来た。恐れていた事態。
 ここは、セントラルパークの近くのイタリア料理店。しかし、ここはその立地条件にも関わらず、知る人ぞ知る隠れ家的な場所だった。
 それも、個室。間違いない。ユエ先生は、俺と二人きりで内密の話をしたいのだ。
「ここの料理はうまいだろう? 以前、ヒサと一緒に食べに来た事があるけど、あの人も気に入ってたよ」
「ヒサ? アガルタのドクター…あのマツナガ博士が?」
「あの人は面白い人だよね。下手な人間より人間らしい」
 アーサー・ユエ先生は、フォースタス・マツナガ博士の正体を知る数少ない外界の人間の一人だ。そして、俺の母さんの古くからの友人でもある。
 ユエ先生は俺にとって、叔父のような存在だ。先生は、我が子のように俺をかわいがってくれる。
 しかし、この会食はまるで、曹操と劉備の会食みたいだ。いつ雷が落ちるか分からない。俺は、うまいはずの料理の味がほとんど分からなかった。
「さて、話したい事がある」
 出た!
「フォースタス。お前も僕も、お互いに隠し事がある」
 まさか? やっぱり!?
 先生は、穏やかな表情を崩さずに、淡々と言う。
「分かってるよ、フォースタス。お前とライラの関係」
 俺は冷や汗でビッショリになった。
「申し訳ございません! 確かに俺は先生の奥さんとそういう関係です! しかし、奥さんは悪くはありません。俺が悪いんです。どうか、俺を殴ってください!」
「別にお前を責める気なんてないよ?」
 え?
 ユエ先生は、苦笑いしながら言う。
「隠し事があるのはお互い様。僕もお前に謝りたい事がある」
 先生はさらに言う。
「リジー…お前の大学時代の恋人。彼女がお前と別れてから、僕は彼女と付き合い始めた。それで、今も彼女と付き合っている。僕とライラの関係はすっかり冷めきっているし、リジーと別れるつもりはない。それで、僕はライラと別れて、リジーと結婚したい」
 まるで冗談。あまりにも悪質なブラックジョークではないか?
「ライラはお前をモデルに絵を描いているけど、それが完成したら、僕はライラに離婚話を持ちかける。もちろん、お前に慰謝料を要求するつもりはない。あくまでも、あいつがお前を誘惑したのだろうし、僕にはすでにリジーがいるからね」
 先生の衝撃発言を聞いて、俺は頭の中が真っ白になった。
「しかし…アスターティはどう思う? お前は僕よりあの子を心配した方がいいぞ。『黒い瞳のランスロット』よ」
 先生はニンマリと笑った。俺はその笑顔に背筋が寒くなった。