終わりの始まり

 5月の風、極彩色の「ビッグ・アップル」アヴァロンシティを吹き抜ける。平和と繁栄の果実を味わう市民や観光客らは、この「世界都市」に華を添える。セントラルパークではストリートミュージシャンや大道芸人たちが耳目を集めている。楽しみそのものを楽しむ街がアヴァロンシティだ。
「どうだ、フォースティン。面白いだろう?」
「ええ」
 スコット・ガルヴァーニとフォースティン・ゲイナーはセントラルパークを散策している。アヴァロン美術大学に進学したフォースティンは、スコットと交際を始めた。
「ルシールのバンドは邯鄲ドリームと契約したんだっけな。バンド名は何だっけ?」
「〈アヴァロンシティ・ドールズ(Avaloncity Dolls)〉よ」
「そうか、アスターティみたいに売れっ子になるといいな」
 スコットはニンマリ微笑んだ。
「あ、ホットドッグの屋台があるぜ。食おう」
「うん!」
 二人は売り子からホットドッグと飲み物を受け取り、近くのベンチに座って食べる。
「おいしい!」
「うん、うまい」
「こんないい天気で食べるなんて最高!」
「そのついでに…というのも変だが、お前に頼みがあるんだ」
「え、何?」
 フォースティンもスコットも顔に赤みが差す。
「俺と一緒に暮らさないか? フォースタスとアスターティみたいにな」



「あの坊主ラッド、あの娘が卒業してから入籍するのか…なるほど」
 フォースタス・マツナガはタブレット端末で新聞を読んでいた。もう数年先の予定だが、あの二人、フォースタス・チャオとアスターティ・フォーチュンの結婚はめでたい。まずは、アスターティが無事に大学を卒業出来るのを祈ろう。
 しかし、めでたいニュースばかりではない。
 歌手で女優のロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンドのゴシップだ。
 華やかな美貌の彼女は男性関係の派手さが話題になっていたが、同時にライバルのアスターティ・フォーチュンの悪口をしばしば公言しているらしい。しかし、アスターティはそんな彼女については何も語らない。
 ただ、その程度のゴシップはまだまだかわいらしい。
「〈ジ・オ〉の奴らの噂があるな」
 金髪碧眼の歌姫ロクサーヌは、カルト集団〈ジ・オ〉並びにその政治部門である政党〈神の塔〉と密接な関係にあるという黒い噂があるのだ。しかも、〈ジ・オ〉の幹部の愛人だという噂すらある。
 女性芸能人の「枕営業」は地球史の時代からある。男女同権が確立した現代のアヴァロンも例外ではない。
 ただし、アスターティは他のどの男にも汚されずに、最愛の男と結ばれた。
「ジ・オは『伝統的な価値観』の復権を目指している。女性の権利と自由の制限、白人至上主義、性的マイノリティと障害者の排除、そして、俺たちバールの排除だ」
 マツナガ博士は眉をひそめた。またしても、バール殺害事件が起こったのだ。
 今度の事件は、性風俗店で使われている民間企業製の「セクサロイド」バールが被害者ではない。ついに、アガルタ育ちの「官製バール」が犠牲になったのだ。
 被害者は、非番の警察官だった。
「ついに、恐れていた事態が起きてしまったか」
 しかし、これはまだまだ序の口に過ぎない。



「あの刑務所に例の小僧がいるぞ」
「あの親殺しの男か?」
「そうだ。あと数年で出所する。奴が親か誰かに迎えられる前に、我々が奴の身柄を確保しよう」
「しかし、刺客としてどれだけ使えるかな?」
「ふん、どうせアジア系だ。単なる消耗品の鉄砲玉ヒットマンでも十分だろう。しかし、白人でも我々の理念に賛同しない者どもは多い。有色人種カラード異教徒ペイガンホモレズクィア連中に対して寛容な奴らばかりだ。全く、困った奴らだ。ビッチどもにも甘過ぎる。女は産む機械、ルックスとセックスだけを売り物にすべきなんだ」
「そうだ。我らがロクサーヌ『女王様』もただの肉人形ラブドールよ。幹部の方々を相手にする『高級娼婦メッサリーナ』さ!」
「ふん、全くだ。それに、そろそろ、あの『事故』以上のイベントを仕掛ける必要がある。そう、例の式典があるだろう?」
〈ジ・オ〉の男たちはせせら笑う。

 アヴァロン連邦暦350年、5月5日。
 男は、独房のベッドの上であぐらをかき、瞑想していた。
 マーカス・ユエ。
 今はただおとなしくしている。しかし、以前と変わらぬ決意がある。
 己を辱めた男たち。絶対に許せない。
 今はただおとなしくしている。模範囚として、仮釈放を早められるために。
「復讐するは我にあり」
 彼はさらに決意を固めた。自分以外の全ての者どもを不幸にするために。
 それが己の使命だと確信している。
「全ては滅ぶためにあるのだ。アーサー、フォースタス。貴様らも例外ではないぞ」
 外では満月が静かに輝く。