情けない男

「あ~ぁ、ますます厄介な事態になっちまったな」
 俺は、ユエ先生と取り引きした。ライラの絵が完成するまでは、先生は俺とライラの関係を黙認する。その代わり、絵が完成してからは、先生はライラに離婚の申し出をする。
 そして、先生はライラへの慰謝料と引き換えに、ライラが描いた俺の裸体画を所有する。
 なるほど、道理で一部のメディアで、俺と先生の同性愛不倫疑惑なんてガセネタが出回る訳だ。先生はゴシップから身を守るために芸能界を引退して普通の男の子に戻ったけど、大人になってからゴシップに悩まされるのは皮肉だ。
 そして、ついに俺も三文ゴシップレストランのテーブルに並べられる料理になってしまった。まさしく「いいカモ」。出来立てホヤホヤの鴨鍋は、怪しい湯気や匂いを放ち、社会問題に対する興味などろくにないミーハーなノンポリ連中の食指を動かす。
 時々記者たちが取材に来るが、俺はことごとく拒否している。今日も何者かが自宅に張り付いていたが、俺はきっぱりと無視している。このような状況は地球の昔からあった事だ。「調理」される有名人たちの中には自ら積極的に「食材」を提供する者たちも少なくない。ロクシー…ロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンドがいい例だ。

 俺は今日もタブレット端末を手にする。まだ未完成の物語が、果心と緋奈と久秀が待っている。



 湯殿から出た果心は、久秀の寝所に呼ばれて驚いた。
 部屋中に、山百合の花が飾られているのだ。甘く強い芳香が充満する。
「よくぞ無事に戻ってきてくれたな、果心」
「久秀…?」
「意外と元気そうじゃないか? 安心したぞ」
 先に沐浴していたらしい久秀は、何事もなかったかのように、何食わぬ顔で友を迎えた。ゆったりとあぐらをかいてくつろぐ彼の隣では、緋奈が黙ってうつむいて座っている。
《緋奈、俺を見損なっているのだろう》
 緋奈は、緋色の薄い小袖を一枚まとっているだけだった。薄暗い部屋の中にある灯火が、彼女の白い柔肌を透かす。
 どうやら彼女は久秀と一緒に湯殿にいたようだが、頬を赤く染めているのは、そのせいばかりではないだろう。
 果心は、部屋の奥に敷かれている床が気になって仕方がなかった。そんな彼を面白がるかのように、久秀は言う。妖しい微笑み。実年齢よりもはるかに若々しい、肌の張りと艶。
「極上の酒と肴を用意している。今夜は、共に楽しもうぞ」



 何てこった。これでは久秀よりもむしろ、果心が主役ではないか?
 まあ、確かに果心は準主役だけど、これでは読者は、本来の主役である久秀に感情移入しづらいだろう。やはり、俺にとっては荷が重い題材か?
 それに、この話の果心は、あまりにも今の俺の立場と重なり過ぎてシャレにならない。まあ、あくまでもフィクションであって、私小説ではないのだ。だが、今のマスコミの連中は果心と俺を同一視してしまうだろう。
「情けない男」
 我ながらそう思う。
 明日はまた、俺はますます情けない男になっていく。身も心も、あの「運命の女神」に捧げに行くのだ。
「たまにはカラオケで思いっ切り歌って、スッキリしたいな」
 俺はしばらくは友人・知人と一緒にカラオケ屋に行っていない。それぞれ忙しいから。ましてや、ランスは法科大学院生として多忙なのだ。俺は高校時代、あるヴォイストレーナーからの指導を少しばかり受けた事がある。バンド活動に対する関心もあったからだが、結局は演劇部を選んだ。
 ギターケースは、部屋の片隅でホコリをかぶっている。もう何年も弾いていない。
 ギターか…。俺は新しいアイディアをひらめいた。俺は再びタブレット端末に向かい、アイディアをメモしていった。