悪魔を憐れむ歌

 かつての地球人の子孫たちが移住した惑星はいくつもある。ここアヴァロンもその一つだ。
 地球連邦政府は一握りのエリートたちが牛耳る「伏魔殿」だったが、アヴァロンの民たちは反旗を翻した。地球連邦政府軍のアヴァロン市民弾圧は過酷だった。しかし、その地球連邦自体がすでにシロアリに食い荒らされた状態だった。
 地球本星は市民たちの蜂起によって分裂状態となり、その煽りを受けて、各植民惑星は地球連邦政府から距離を置くようになった。そして、惑星アヴァロンは独立宣言をした。
 アヴァロン連邦初代大統領の名はアーサー・フォースタス・フォーチュン(Arthur Faustus Fortune)。すなわち、フォースタス・マツナガ博士やフォースタス・チャオのファーストネームの由来であり、アスターティ・フォーチュンの苗字の由来である。彼はわずか40歳の若さでこの惑星のリーダーとなり、死後三百年近く経った今も「国父」として尊敬されている。
 アーサー・フォーチュンは大統領時代から質素な生活をしていた。とても一つの惑星のリーダーとは思えないくらい、華美な暮らしを避けていた。その代わり、彼は有望な若者たちを食客として養っており、一部の地球史通の者からは古代中国の「戦国四君」になぞらえられた。
 その食客たちの子孫たちは惑星アヴァロンの繁栄に貢献したが、その中に、フォースタス・チャオを生み出したチャオ(趙)家がいる。さらに、優秀な科学者たちを輩出するウキタ(宇喜多)家もいるが、この一族はなぜか娘しか生まれない超女系家族だった。

「かつての地球のラッシュモアみたいな大がかりなモニュメントはいらない。それだけの金や手間は国民の生活に投資すべきなんだ」
 彼はそう言い残した。それゆえ、彼の彫像はほんのささやかなものばかりである。実子のいないフォーチュン夫妻の死後、ほとんどの財産は連邦政府に寄付され、彼らの家と食客たちの宿舎は記念館として残された。この記念館は、現在はアヴァロン大学の敷地内にある。
 アヴァロンシティにある地球史博物館の正面入口の前には、フォーチュン夫妻の彫像が設置されている。

 アーサー・フォーチュンと彼の妻の墓はパンジア大陸中部にある。その近くに軌道エレベーターがそびえ立つが、これは〈世界樹(The World Tree)〉と呼ばれている。
 その周りを一組の男女が歩き回る。彼らは何かが入っている籠を持っている。男は何かを籠から取り出し、地面に置いているが、それはすぐに消える。
「これは我らの世界樹だ」
 長い黒髪を後ろで一本結びにした男が言う。筋骨隆々とした長身で、顔立ちはどことなくフォースタス・チャオに、そしてアーサー・フォーチュンの彫像にも似た端正なものだ。
「私たちの子供たちの、世界樹…」
 長い黒髪をなびかせた女がつぶやく。透き通るような白い肌の、均整の取れた細身の美女だ。彼女はキラキラと光る色とりどりの卵型の石をいくつか入れた籠を抱きかかえている。
 男は自分の空になった籠を女の籠と交換し、さらに石を軌道エレベーターの周りに置いていく。不思議な事に、彼らの存在は他の人間たちの視界には入らない。石は地面にめり込み、水のように染み込んでいった。
「フォーチュンの墓の周りにも植えた。後はただ待つだけだ」
「ねえ、果心カシン
「何だ、緋奈ヒナ?」
「『歴史は繰り返す』という言葉は地球の昔からあったけど、この惑星ほしでもそうなの?」
 果心と呼ばれた男は答える。
「俺は人間の良心を信じたい。たとえ、どれだけ光と風が気まぐれに運命の糸を引っ張ってこんがらからせても、俺は人間たちを愛しく思う」
「そうね。私もアヴァロンの人たちの良識を信じたい」
 最後の石の卵が地面に染み込む。
「よし、これで終わりだ」
 全ての作業を終えた二人は立ち去った。



「例の事故、やはりあの連中の仕業だろうな。どう思う、ドクター?」
 かつてのモノレール爆発事故現場の近くにある隠れ家的バーで、シャホウ・レイは、ロマンスグレーの髪とヒゲの男に尋ねる。ここはマフィア〈聖杯幇〉の息がかかった店であり、「一見さんお断り」である。そして、この夜は彼ら以外に客はいない。事実上、貸し切り状態だ。
 フォースタス・マツナガは、あからさまにうんざりした表情で応えた。
「あの連中? 〈ジ・オ〉の奴らか」
「そうだ。〈神の塔〉の母体になっているカルト集団だ」
〈ジ・オ(The O)〉。かつての地球にあった一神教の原理主義を連想させるカルト集団。彼らは「伝統的な価値観」の復活をモットーに、女性や有色人種や性的マイノリティなどに対する差別を正当化している。アヴァロン連邦では同性婚が合法化されているが、彼らは同性婚の廃止を求めているのだ。
 その〈ジ・オ〉の政治部門として、〈神の塔〉という政党がある。
「〈ジ・オ〉の連中は、かつての地球のナチスみたいに障害者の排除も求めている。時代錯誤だ。今は医療技術の発達で、生身と変わらぬ義眼や義肢などがあるけど、奴らは『純血』主義だ。俺たちの存在も、奴らにとっては『悪魔』そのものだ。『異教の偶像』を表す名称からして、まさしくそうだ」
「お前は二重にまずい立場にあるな。何しろ、お前は〈聖杯幇〉の御曹司であると同時に…」
「ああ、確かにそうだ」
 レイは不機嫌そうにため息をついた。
「確かに俺は、奴らから見りゃ『悪魔の子』だ。しかも、マフィアの御曹司。そんな奴が大病院で研修医として働いているなんて、とんでもないスキャンダルだ。だが、俺らより奴らの方がよっぽど『悪魔』だぜ」
「お前は半分『天然の』人間の血を引いているが、俺は全くのバールだ。そんな俺が80年も『人として』世に出ているのは、奴らにとっては悪夢だろうさ」
「ふふ…。ましてや、あんたの名前は、日本史のダークヒーローにあやかって名付けられたんだろ? あんたにゃピッタリだよ」
 フォースタス・マツナガは、苦笑いを浮かべる。
「おいおい、俺はあの事故とは関係ないぞ。いくら『爆弾野郎ボンバーマン』の名前がついているからって、あんまりだな」
「アリバイは?」
「俺はあの時間、アガルタにいた。施設のバールたちの検診の前だ。俺は施設のスタッフと打ち合わせをしていた。あのニュースのせいで、スタッフもバールたちも動揺していたし、心臓に毛が生えている俺もさすがにたまげたぞ」
 レイはウィスキーを飲み干した。ため息をつき、語る。
「あのモノレールには、俺の初恋相手の女の子が乗っていたんだ。片思いだったけどさ。ヘレナって名前のキレイな娘でね、アスターティ・フォーチュンみたいな美少女だったんだ」

「古き惑星ほしの亡霊、いまだに息づく…か」
 フォースタス・マツナガはバーを出て、シャン・ヤンが運転する車に乗って、アガルタに戻った。
 カーステレオは、かつての地球の楽曲を流している。ローリング・ストーンズの「Sympathy For The Devil」。フォースタス自身のお気に入りの曲だ。
「悪魔はどこまで歴史に介入したのか? あるいは、どこまで運命の女神と渡り合ったか?」
 神の敵は悪魔ではなく女神。男たちは女たちを恐れ、憎むゆえに「神」を必要とした。女の子宮wombは男たちのtombである。
「アスターティか…」
 天才美少女ミュージシャン、アスターティ・フォーチュン。彼女の正体はトップシークレットである。もし仮に、彼女の正体が知られたら、あのカルト集団は彼女を「魔女」として糾弾するだろう。
 すでに、民間のバールたちを狙った殺人事件が何件か起きているのだ。それら事件群の中に、〈ジ・オ〉のメンバーの仕業と思われるものがあるらしい。
坊主ラッド、あの娘が一番頼りにしているのはお前だ。そろそろ本気であの娘と向き合うべきだよ」