思い出はただ飲み干すのみ

 アヴァロンシティは24時間眠らない街だ。植民惑星アヴァロン最大の不夜城は、美徳と悪徳が交差する。
 かつての地球の栄華を再現させたかのような繁栄を満喫する者たちは多いが、反面、それからこぼれ落ちた者たちが暗い「何か」に引き寄せられる。アンダーグラウンドでうごめく売人や娼婦/男娼やチンピラ連中だけではない。もっと厄介な奴らがいる。
 メインストリートから離れた裏通り。人狼のように身体改造をしたバイカーファッションの男が、頭に猫耳を着けたピンクの髪の女を連れている。女はどうやら、民間企業製のバールの娼婦のようだ。男はレザーパンツの尻に開けられた穴から狼の尻尾を出して振っている。女は蛍光色でボディコンシャスのミニワンピースを着て、真っ赤なピンヒールを履いている。そのスカートの裾からはピンクの猫の尻尾がちらついている。
 そのカップルを襲撃した奴らがいる。カルト教団〈ジ・オ〉のマークの入ったものを身に着けている男たちだ。人狼男は見掛け倒しで、半ば無抵抗同然に暴行を受けた。
 女は手のひらから光の玉を出して応戦しようとしたが、間に合わずに一方的に容赦なく暴力を振るわれた。民間企業製のバールたちは、アガルタ生まれの「官製バール」ほど強い超能力者は多くない。それに、この女には警察や軍隊に入るような官製バールたちほどの体力はない。

 翌朝、二人の「人外」の無残な遺体が転がっていた。



「あれから十年も経つのか」
 高架橋のたもとに、誰かが供えた花束がある。十年前、このモノレールの路線で爆発事故があり、多数の死傷者が出た。
 ヴィクター・チャオ(Victor Irving "Vic" Chao)は思い出す。兄フォースタスの初恋相手だった女の子は、あの事故で亡くなった。
「フォースタス、部屋に閉じこもって泣いていたな」
 ヴィクターは、友人ブライアン・ヴィスコンティ(Bryan Luke Visconti)に話しかけた。
「ああ、ヘレナだっけ? あの女の子」
「そうそう、ヘレナ・ウォーターズ(Helena Sara Waters)」
 二人は現場を立ち去り、ブラブラ歩きながらしゃべっていた。
「あの事故、いまだに爆破テロの疑いがあるんだよな」
「うわ~、俺、そういう陰謀論って嫌いだわ~」
「あの〈ジ・オ〉だか〈神の塔〉だかの仕業だってさ。容疑者らしき奴がいて、そいつは自殺して迷宮入りになっちまったんだけど、本当は口封じに誰かに殺されたんじゃないかな?」
「なるほど、あの連中ならそれぐらいの事はやりかねないな。昨日もどっかで人が殺されていただろ? カップルのどちらかがバールだって」
 二人は、アヴァロン大学経済学部の学生であり、幼なじみ同士である。そして、アルバイト先の同僚同士でもある。彼らは、仕事帰りに居酒屋に立ち寄った。
「なぁ、ヴィック。お前、似てると思わないか? あの子」
「あの子?」
「アスターティ。ちょうど同い年だし、あのプラチナブロンドの髪と空色の目、ヘレナに似ているだろう?」
 ヴィクターはハッとした。ヴィスコンティ家で養われている「天才美少女」アスターティ・フォーチュン。言われてみれば、確かに兄フォースタスの初恋相手に似ている。
 しかし、当のフォースタスは彼女を避けている。果たして、兄は彼女が自分の初恋相手に似てきたのに気づいているだろうか?
「よっ、久しぶり!」
「わっ!?」
 突然、二人に呼びかけた女がいる。年齢は20代半ば、赤みがかったブロンドの髪の女だ。
「リジー!? あんた、何でこんなところにいるんだよ?」
「いて悪い?」
 リジー…エリザベス・バーデン(Elizabeth Sara "Lizzie" Burden)。フォースタス・チャオの大学時代の恋人だった女であり、当然、フォースタスの弟ヴィクターとも顔なじみである。
「まあ、いいわ。今日は気分がいいし、何かおごってあげる」
「え!?」
 リジーは、ある出版社の社員である。文芸誌の編集者であり、様々な作家との交流がある。

「あの子がいるからには、私は引き下がるしかなかったのよね。だから、ワザとフォースタスに冷たく当たって、別れを切り出すように仕向けたのよ」
「ごめん、リジー」
「あんたが謝る必要はないのよ、ヴィック。あの人に許嫁いいなずけがいるなら、仕方ないよね」
 リジーは、ノンアルコールカクテルをあおった。彼女はグラスを持っていない方の手で自らの腹をさすっている。