最後に黄金の林檎を勝ち取った者

 ギリシャ神話において、トロイ戦争は男神の悪意がもたらした女神たちの争いが発端だった。

 ゼウスは人間社会の「口減らし」のために、人間たちに戦争をさせようとした。要するに、聖書の大洪水とほぼ同じである(というか、ギリシャ神話にも聖書とほぼ同じ大洪水エピソードがあるのだが)。ある女神の結婚式に「不和の女神」エリスを呼ばなかったが、怒ったエリスはヘスペリデスの園にある黄金のリンゴに一文を書いて式場に投げ込んだ(ただし、事情が事情だけに、事前にゼウスと相談しておこなった可能性もあるだろう)。


《最も美しい女神に捧ぐ》


 これで三人の女神たちがリンゴを巡って争いを始めた。ゼウスの妻である「神々の女王」ヘラ、ゼウスの長女(ただし、異説あり)「知恵の女神」アテナ、そして「愛と美の女神」アフロディーテである。アテナの異母妹アルテミスは、姉アテナに遠慮してあえて争いに加わらなかったが、そもそも半ば中性的なキャラクターであるアルテミスにとってはどうでもいい競争だったのかもしれない。

 そこでゼウスは、人間代表として羊飼いの青年(実はトロイの王子)パリスに「最も美しい女神」を選ばせた。ヘラは「お前を小アジア一帯の王にしてやる」と言い、アテナは「お前を無敗の名将にしてやる」と言ったが、アフロディーテは「あなたに人間界で一番の美女をあげましょう」と言った。

 ここで突然、バビロニアの神々の女王イシュタル女神が現れたならば、パリスに「私ならばその3つの願い全てを叶えてやるぞ」と言い放つだろうが、イシュタル様なら気まぐれでそんな約束なんぞ反故にしそうだなぁ。それはさておき、純朴な青年パリスは迷わず「世界一の美女をくれてやる」というアフロディーテを選んだが、当然他の二人は怒り、それが発端となってトロイ戦争が起こり、(聖書の大洪水みたいな)人間界大掃除計画は果たされた。


 うーん、やっぱり中国の『封神演義』って、これに似ているね。主神クラスの女神である女媧じょかを狭量でヒステリックな「ただの女」に仕立て上げる描写からは「男の悪意」がにじみ出ている。


 愛と美の女神であるアフロディーテが「最も美しい女神」に選ばれたのは当然だ。しかし、私が思うに「黄金のリンゴ」は最終的に意外な人物の手に渡ったのではなかろうか? その人物と微妙な関係にあった女神としてアルテミスがいた。アルテミスとは、その人物以前に「処女崇拝」の象徴となった女神である。

 イエスの母マリア、すなわち聖母マリア。

 これはあくまでも結果論に過ぎないが、キリスト教とは聖母マリアという「究極の女神」を生み出すために生まれた宗教だと言える。キリスト教は男神を唯一神として信仰する一神教なので、当然表向きには女神信仰は排斥される。しかし、実際には(女性の聖人伝説などの)何らかの形で異教(多神教)の女神信仰の影響を受けている。「事実上の女神」としての聖母マリアは、人間女性であるイエスの母マリアに、古代中近東やヨーロッパ各地の女神信仰の要素が組み込まれて作られたイメージである。


 ゼウスの妻ヘラは夫の愛人たちを迫害したが、思いも寄らないダークホースに「天の女王」の座を奪われた。もちろん、「アブラハムの宗教被害者の会」メンバーは女神たちだけではない。