女がロックで飯を食う難しさ

 ある本に、日本の音楽業界ではなぜ「大人の女性のロック」が確立されないのかという考察記事が載っていた。詳しくはよく覚えていないが、大体こんな内容だったように思える。

①女性ミュージシャンがやりたい事と、世間が本人に対して求めるイメージの食い違い。

②身も蓋もない事だが、もっと単刀直入に、女性ミュージシャン自身の「女性としての『旬』」が問題になるから。

 なるほど、確かに日本の音楽業界では、女性のロックミュージシャンに対しては「大人の女」としての魅力よりも「少女性」が求められる事が多い。デビューした時点で既婚子持ちだったシーナ&ザ・ロケッツのシーナさんみたいな人は例外中の例外だろう。そんなシーナさんとは対照的なのが相川七瀬だった。デビューして間もない頃の相川さんは「女性ロッカー」というよりも「少女ロッカー」のイメージが強かったが、『夢見る少女じゃいられない』年齢になってからはすっかり過去の人になってしまった。


 そう、日本では、女がロックで飯を食うのは難しい。


 ロック=若者の音楽なんて図式は古くなったが、それはほぼ、あくまでもミュージシャンやリスナーが「男性」に限定される。少なくとも、我が国においては。何しろ日本は世界屈指の「ロリコン大国」なのだ。「少女性」を武器にせずに人気者になったSuperflyはあくまでも例外的な女性ロックミュージシャンである。

 そんな色々とややこしいロックミュージックと比べると、R&B系の女性ミュージシャンは「少女性」を求められない分、女性として楽かもしれない(まあ、そもそもロリコン男がわざわざ好みそうな音楽ジャンルではないだろうし)。引退を決めた安室奈美恵がそれまで健闘したのは、いわゆる「ロックの人」ではないからこそ、男性リスナーたちに「少女性」をいつまでも要求される事がなかったからだろう。


 今は様々な女性アイドルグループが百花繚乱状態なのだから、今さら女性ロックミュージシャンに対して「少女性」を求める/押し付ける必要はないだろう。椎名林檎は「大人の女性ロックミュージシャン」として活躍しているし、日本人はもっと「大人の女のロック」を正当に評価すべきだろう。