悲しき「怪物」と身勝手野郎 ―メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』―

 フランケンシュタインと聞いて漫画『怪物くん』のフランケンみたいな容姿の怪物を連想する人は多いだろう。しかし、あの容姿は原作での容姿とは違う。ついでにフランケンシュタインとは怪物自身の名前ではなく、怪物を作った人物の苗字である(まあ、怪物自身がその気になれば、生みの親の苗字を名乗っても良さそうだが…ついでにファーストネームも)。原作よりも、映画のイメージの強烈さで、そのような「怪物」像が出回っている。
『フランケンシュタイン』の作者メアリー・シェリーは詩人パーシー・シェリーの妻だが、メアリーはわずか18歳の若さでこの小説を書き上げた。パーシーには先妻ハリエットがいたが、夫婦仲は冷め、メアリーと駆け落ちした。そして、スイスのジュネーヴでバイロンと彼の主治医ポリドリと合流し、「何か面白くおっかない話を書こう」と話し合ったが、それでメアリーが書いたのが当作品である。
 ちなみにパーシーの先妻ハリエットは入水自殺したが、後にパーシー自身はイタリアで水死している。因果応報という事だろうか?

 最初と最後の語り手、イギリス人の探検家ウォルトンは、北極海で漂流者を救助する。それが主役1号ヴィクター・フランケンシュタイン(ドイツ系スイス人の理系学生)だが、彼は自らの身の上話を語る。そして、ヴィクターを通じて主役2号「怪物」の身の上話が語られ、さらに「怪物」がそれまで出会った人物たちについて語る入れ子構造の話になっている。冒頭と最後は、ウォルトンの姉宛ての手紙として書かれている。
 ヴィクターは「ファウスト的衝動」ゆえに死体をかき集めて人造人間を作るが、出来上がったそれのあまりにも醜い容姿ゆえに「育児放棄」してしまう。ヴィクターの「息子」である「怪物」は「父」の不実を糾弾する。あまりにも身勝手なヴィクターだが、「怪物」が生みの親からも蛇蝎の如く忌み嫌われたのはズバリ見た目のせいである。「怪物」は外見以外は「完璧超人」と言ってもいいくらいに優れた知能と体力を持っている。まあ、仮に当人がイケメンだったとしても凡人たちに嫉妬されて苦しむ可能性があるが、それでも醜い外見を非難される苦しみと比べれば、嫉妬なんて賞賛の一種でしかない。「怪物」の悲劇は「人造人間の悲劇」である以上に「見た目問題の悲劇」なのだ。
 この「怪物」のようなケースは現実に少なからずあるだろう。人が見た目のせいで嫌われるのはありがちなパターンだ。『春秋左氏伝』の叔向の母親は「美人=悪人」と決めつけているが、実際に人間関係の問題で性格が悪化する危険性が高いのは不美人の方だ。美男美女の性格が悪くなるのはせいぜい他人にチヤホヤされて傲慢になるくらいだろうが、醜男醜女は他人に対する嫉妬や劣等感のせいで根暗なひねくれ者になる危険性が高い。

「怪物」が体現するのは容姿差別の悲劇だが、ヴィクターが体現するのはファウスト的衝動がもたらす「傲慢」や「身勝手」だ。ヴィクターは間接的に弟や親友や愛する女性を殺す。自ら作り上げたものに滅ぼされるのは、自ら作り上げた法によって殺された商鞅のようだ。商鞅もまたファウスト的ヒーロー(もしくはアンチヒーロー)である。