「勝ち組負け犬」の無邪気な意地悪さ ―酒井順子『負け犬の遠吠え』―

 ベストセラーはたいてい賛否両論ある。当然、当記事で取り上げる酒井順子氏の『負け犬の遠吠え』(講談社文庫)も賛否両論ある。世間一般の評判だけではない。私個人の中でも賛否両論あるのだ。つまりは、ある程度は納得出来る面がありつつも反発もあるのだ。そもそも歌舞伎鑑賞なんて、ある程度の経済力と教養レベルを前提としたものでしょ?

 この本で取り上げられている「負け犬」、すなわち30歳以上の独身女性(「負け犬」の第一条件は子供ではなく配偶者の不在である)は、都会暮らしで高学歴高収入で、容姿がそこそこ良くて恋愛経験がそこそこある「勝ち組」の女性たちだ。つまり、田舎育ちで義務教育時代に男子クラスメイトにいじめられて男性不信になって、恋愛も大学進学も出来ずに非モテのワーキングプアになった「負け組負け犬」など全く相手にされていない。「犬」どころか、『史記』の李斯列伝に登場する「便所のネズミ」だ。私、便所のネズミは酒井さんら「倉庫のネズミ」に対して嫉妬と羨望を抱く。
 私が理想とする「女の友情」とは、酒井さんのエッセイで描かれるような「勝ち組負け犬」の世界にこそある(そう、決してママ友付き合いではない。あの「お受験殺人事件」の例があるのだ)。むしろ、恋愛遍歴よりも女同士の友達付き合いこそがうらやましい。まあ、私自身の気質は酒井さんよりもむしろ中村うさぎさんに近いので、同性同士の友達付き合いが難しいのだ(うさぎさん、美保純さんと「公開ケンカ別れ」しちゃったし)。そんなうさぎさんに比べて、酒井さんは色々と要領が良さそうな印象がある。だから一部の人から「結婚しないのは『なまけている』からだろう」という批判があるのだが(うさぎさんはゲイの男性と「友情結婚」している)、そもそも酒井さんはこの本を読む限りでは、本当に結婚したいのかどうか、子供がほしいかどうかを明らかにしていない。

 芸能人の中には「結婚したくても出来ない」キャラクターを売り物にしている人たちがいるが、実際には本音では結婚したくない人が多いだろう。何しろ芸能界は結婚生活の「液状化現象」が一般人社会よりも目立つのだ。下手すりゃ一般人以上に「結婚は人生の墓場」というマイナス思考を植え付けられるだろう。
 しかし、酒井さんら自由な「勝ち組負け犬」は、色々と不自由な「勝ち犬」からの嫉妬と羨望を避けるために「結婚したくても出来ない」フリをするのだ。何しろ酒井さんら「勝ち組負け犬」たちは下手な「勝ち犬」女性たちよりもはるかに「リア充」だ。今は死語になっている「独身貴族」そのものだ。しかし、その「独身貴族」としての優越感をあからさまにするのは危険だ。ましてや「嫉妬される快感」など相手に悟られてはならない。

 それはさておき、この本はいわゆる「婚活ブーム」の火付け役の一つになった。この本は「勝ち組負け犬」の優雅かつコミカルな「リア充」生活を描くエッセイ集なのだが、色々な面でそこまでのレベルに達していない女性たちが焦りに焦って婚活ブームが起こった。その婚活ブームに便乗して起こったのが「鋼の結婚詐欺師」木嶋佳苗の一連の事件なのだ。もちろん、酒井さんにはあの事件に対して責任を負う必要はないが、それでも色々と罪深い本である。
 何しろ、経済的に弱い立場にある「勝ち犬」女性だけでなく、オタク男性や性的マイノリティの人たちをも「無邪気に」見下すのだ。さらに、前述の通り低学歴低収入の「負け組負け犬」など全く無視している。どうも私は酒井さんに対して、『ファイブスター物語』のママドア・ユーゾッタのような無邪気な意地悪さ(10巻参照)を感じるのだ。まあ、酒井さんはユーゾッタ嬢とは違って自らの意地悪さに対して十分自覚的だし、むしろ積極的に「芸風」として生かしているのだが、社会学者の水無田気流氏も批判しているように、農家の男性を「ブス夫」カテゴリーに入れるのは職業差別もろ出しだ。いくら田舎の農家は「保守的」だから結婚が難しいからと言っても、これはひどい。
 さらにトドメは最後に収録されている座談会での最後の発言だ。「同性愛がなかなか成り立たないように(中略)あ、うまいこと言っちゃった(笑)」…ちっとも「うまくない」って!